『谷穹 抽象と静寂』展覧会レポート
展覧会・イベントレポート VOL.30
展覧会情報やインタビューなど、工芸に関するさまざま情報を発信しています。
東京都
2024.12.12 – 12.25
セイコーハウスホール
石川県
2024.12.17 – 2025.2.24
国立工芸館
東京都
2024.12.18 – 12.24
日本橋三越本店
京都府
2024.12.21 – 12.29
essence kyoto
一つの作品を完成させるまでに何十回も漆を塗っては研いでを繰り返す“バカ丁寧”な工程を経ることから、通称「バカ塗り」と呼ばれる青森県の伝統工芸・津軽塗。映画『バカ塗りの娘』はバカ塗りこと、津軽塗をテーマとした人間模様を描いた作品で、舞台は青森県弘前市。主人公の美也子は高校卒業後、当てもなくスーパーで働きながら津軽塗の職人である父・清史郎の仕事を手伝っていた。父、そして文部科学大臣賞を獲ったこともある津軽塗の名匠だった祖父は、美也子の兄・ユウに漆を継いでほしいと言うが、家業を継がないと決めたユウは美容師として働き、母は数年前に愛想を尽かして家を出ていった。美也子は漆の道に進みたい思いを周囲に言い出せずにいたが、密かに恋心を寄せていた花屋の青年・尚人との出会いをきっかけに、ある大仕事に挑戦する。
日本の伝統工芸が抱える課題として需要低下や後継者不足が叫ばれる中、本作品ではその根本を見つめ、家業として長男が継がねばならぬという根強い家父長制や、女性は結婚し子どもを産むべきというジェンダー観など、日本の地域のさまざまな社会的背景が複雑に絡み合う事実をストレートに描写する。世間の風潮によって何かを諦めざるを得ないという問題は、伝統工芸の分野に限った話ではなく、作中では現代社会を生きる人々にとって身近な葛藤が描かれている。ただ、ネガティブで重たい印象はなく、自然素材で作られた堅牢な津軽塗は何度でも直して使うことができ、持続可能性を重視する社会で日本の伝統工芸の価値が見直される動静を示唆し、自身の価値観を問い直すきっかけをくれる。
日本の伝統工芸の課題や社会的背景を意識せずとも、物語の世界に没入することができる点も本作品の特長だ。伝統工芸の世界の過酷さを身をもって感じ、美也子の挑戦に厳しい言葉を投げかけた父は、周囲の反対を押し切り漆の仕事を地道に続ける美也子の姿を前に徐々に理解を見せる。美也子を労り、風邪をひかないようにと半纏を肩にかけるシーンは、職人であり父親である清史郎の不器用な愛情に胸が熱くなる。そして、目の前の壁にぶち当たっても挫けることなく、自分の信念を貫くことで周囲の意識が変わる過程に、誰もが勇気づけられるのではないだろうか。これまで伝統工芸を脈々と受け継いできた先人、そして美也子のように確固たる意思を持ってこれからも伝統をつないでいく職人の方々への敬意を改めて実感する。
津軽塗の制作シーンは実在する漆工房を借りて撮影し、4分を超える長尺で丁寧に映し出す。自然光が照らす津軽塗の美しさは、主人公の美也子を演じる堀田真由の表情に集約され、清史郎役の小林薫は寡黙で不器用で愛に満ちた津軽塗職人である父そのもの。地元の青森県出身キャストの方言は聞き取れない部分があるほどリアルで、津軽富士との異名を持つ岩木山の四季やソウルフードを織り交ぜ描かれた日々はひたむきだ。本作品をきっかけに津軽塗をはじめ、日本の伝統工芸に興味を持ってもらいたい。そんなメッセージが強く伝わってくる。
文:松尾 奈々子
◾️関連情報
映画『バカ塗りの娘』
出演:堀田真由/坂東龍汰 宮田俊哉 片岡礼子 酒向 芳 松金よね子 篠井英介 鈴木正幸
ジョナゴールド 王林/木野 花 坂本長利/小林 薫
監督:鶴岡慧子 脚本:鶴岡慧子 小嶋健作
原作:髙森美由紀「ジャパン・ディグニティ」(産業編集センター刊)
製作:「バカ塗りの娘」製作委員会 制作プロダクション:アミューズ映像企画製作部 ザフール
配給・宣伝:ハピネットファントム・スタジオ
(C)2023「バカ塗りの娘」製作委員会
公式サイト:https://happinet-phantom.com/bakanuri-movie/
公式Twitter/Instagram:@bakanuri_movie