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AD 第5回「三井ゴールデン匠賞」贈賞式レポート

〈三井ゴールデン匠賞〉〈オーディエンス賞〉
エゴノキプロジェクト実行委員会《岐阜和傘》
原材料や部品、道具の安定的な供給は伝統工芸界全体の課題。その現状に対する希望の象徴となるようなプロジェクトだ

日本の伝統を次世代へと繋ぐべく活動する工芸の担い手を応援するため、三井グループの三井広報委員会によって継続的に実施されている「三井ゴールデン匠賞」。第5回を迎えた今年度は、2024年10月3日(木)に受賞者が発表され、2025年1月30日(木)に東京・大手町三井ホールにて贈賞式が執り行なわれた。

前列左から:彦十蒔絵、池田晃将、長屋一男・久津輪雅(エゴノキプロジェクト実行委員会)、久恒俊治、岩尾一郎(別府⽵製品協同組合)
後列左から:木村正人、宮本友信(東中江和紙加工生産組合)、中村江美(東京水引)、針谷絹代
※敬称略

今回の〈三井ゴールデン匠賞〉受賞者は、池田晃将さん(石川県/蒔絵・螺鈿)、エゴノキプロジェクト実行委員会(岐阜県/岐阜和傘)、彦十蒔絵(石川県/輪島の変塗)、久恒俊治さん(石川県/加賀友禅)、別府⽵製品協同組合(大分県/別府竹細工)の5組。さらに、〈審査員特別賞〉を木村正人さん(青森県/津軽塗)、東中江和紙加工生産組合(富山県/越中和紙)の2組が、〈奨励賞〉を東京水引(東京都/水引細工)、針谷絹代さん(石川県/山中漆器)の2組がそれぞれ受賞した。ウェブ投票によって〈三井ゴールデン匠賞〉受賞者の中から選出される〈オーディエンス賞〉に輝いたのは、岐阜県のエゴノキプロジェクト実行委員会だ。

エゴノキは和傘に欠かせない部品「傘ろくろ」の材料となる木材で、粘りが強く、よくしなる特性を持つ。他の材料では替えが利かないうえ、エゴノキを供給してきた唯一の林業家が亡くなってしまったことで、一時は日本中の和傘生産が途絶えかねない危機に陥った。その状況を打開するべく発足したのが、全国の職人や関係者が協力してエゴノキの収穫や森づくりに取り組むエゴノキプロジェクトである。実行委員会代表で、日本で唯一傘ろくろを製作している岐阜県の長屋木工所の長屋一男さんは、「一時は廃業を考えておりましたが、周りの有志の方々にプロジェクトを立ち上げていただき、今も仕事を続けられています。この活動の中で後継者も見つかり、今回の受賞を本当に嬉しく思っております」と喜んだ。同じく実行委員会のメンバーである岐阜県立森林文化アカデミーの久津輪雅教授は、プロジェクトを冷静に見つめ、「伝統工芸を次の世代に繋げていけるかは、どれだけ多くの人が同じ思いで工芸を支えていけるかにかかっているんじゃないかと思っています」と話した。

長屋一男さん(エゴノキプロジェクト実行委員会代表)

近年、テクノロジーと工芸の融合による新たな表現に注目する動きがある。石川県金沢を拠点に活動する池田晃将さんは、まさにそのような現代工芸を牽引する存在と言えるだろう。情報に溢れたデジタル世界を思わせる池田さんの螺鈿作品には、最先端のレーザー機器が用いられている。人の手ではできなかった極小のパーツをレーザーで切り出し、それらを一つひとつ手作業で配置して制作しているそうだ。池田さんは、「効率主義の社会の中で、手で作り時間をかけるということに一体何の意味があるのか。この先どんな役割を果たしていけるのか。それはこれからも常に考えていきたい」と今後に向けた決意を語った。

同じく石川県から、彦十蒔絵と久恒俊治さんが受賞の栄誉に輝いた。彦十蒔絵は、輪島塗の産地である石川県輪島を拠点とする20名ほどの職人集団。伝統的な意匠や文様をベースとしながら、現代的でユーモラスなアイディアを盛り込んだ作品を発表しているが、特筆すべきはその制作プロセスにある。彦十蒔絵では、職人の技術力が生かされる輪島塗の伝統的な分業制にヒントを得て、それぞれのプロジェクトや作品の企画内容に適した得意分野を持つ職人を選んで都度チームを編成することで、一つひとつの作品をクオリティ高いものに仕上げている。職人の技術力が足りない場合には、彼らの育成も行なう。こうした製作の在り方は、「漆芸だけではなく、伝統工芸の世界全体にも良い影響を与えるのではないか」と審査員の小林祐子さんは期待する。

加賀友禅作家である久恒さんは、新品の着物がなかなか売れない時代に活路を見出すべく、染めの原点に返ってみようと、草木染めへの挑戦を始めた。草木染めの魅力は、やはりその色の奥深さだろう。しかし植物染料は元来、堅牢度では化学染料に劣る。幾度も失敗を繰り返しながらも、北陸先端科学技術大学院大学の研究室と新たな植物染料の共同開発を進め、ついに安全性と堅牢性に優れた植物染料を開発することに成功した。短時間で常温でも色を定着させられるため、それまで植物染料では不可能だった加賀友禅での筆彩色が実現。長く続いてきた化学染料による水質汚染問題の改善に至ったことも、審査員から高く評価されたポイントだ。久恒さんは「(今回の受賞が)多くの方にこの技術を見ていただくきっかけになると思います。これからも工房でみんなと一緒に精進して、草木染めというものを広めていきたいと思っております」と語った。

別府竹製品協同組合は、1980年に伝統的工芸品産業振興協会(伝産協会)主催で始まった東京での竹細工教室事業を2009年に引き継ぎ、継続して教室の運営に取り組んできた。これまで多くの生徒に別府竹細工の技術と魅力を伝えていくなかで、竹細工職人を志す生徒も現れ、こうした産地の外での普及活動および後継者育成への貢献が大いに評価されての受賞となった。審査員で伝産協会常務理事の河井隆徳さんは、「自主事業として続けてきてくださり、(組合代表の)岩尾さんに心からお礼を申し上げなければならないと思っております。東京教室で竹細工を習い、その素晴らしさを知った方を大変多く生み出していただきました。また、その方々が竹細工の良さを発信し、守り伝えていく力になってくださっています。そういう面でも、おめでとうございますという言葉とともに、ありがとうございますと申し上げたい」と深い謝意を表した。

〈三井ゴールデン匠賞〉
右:別府⽵製品協同組合《鉄鉢盛籠》
東京教室2年生の課題作。さまざまな技法が盛り込まれており、別府の竹細工技術を深く学ぶことができる

審査員長の外舘さんは全体講評で「地域性」に言及し、「昨年地震による災害を受けた石川県方面から多数の応募がありました。まだ大変な困難を抱えている方も多いと思いますが、それにもかかわらず、こうしてたくさんの応募があったことは、審査員として励まされたことでもあります。審査のポイントである創造力や技術力などを生かした新しい取り組みを育てていくのに、日本各地の地域の力が重要なのではないかと考えさせられました」と話した。三井広報委員会の伊藤文彦委員長は、「この賞を通じて、応援したい取り組みがたくさん見られました。それだけに、審査はこれまで以上に難しいものとなりました」とし、「今後も日本の伝統文化を未来へ継承しながら、時代に合わせて発展・進化させ、日本から世界に新たな価値を発信していく支援をしてまいります」と主催者挨拶を述べた。伝統工芸は日本の誇る素晴らしい財産である。その価値を未来へ繋げるべく、継続的な支援が望まれる。

文:堤 杏子

■ 第5回「三井ゴールデン匠賞」概要

オフィシャルサイト:https://mgt.mitsuipr.com/
第5回「三井ゴールデン匠賞」受賞者一覧ページ:https://mgt.mitsuipr.com/about/winner_05.html
主催:三井広報委員会
後援:一般財団法人 伝統的工芸品産業振興協会
審査員:
・外舘 和子(工芸評論家 多摩美術大学教授)※審査員長
・小林 祐子(三井記念美術館 学芸課長)
・河井 隆徳(一般財団法人 伝統的工芸品産業振興協会 常務理事)
・戸田 敏夫(日本伝統工芸士会 会長)
・千 宗屋(武者小路千家家元後嗣)

■ 第5回「三井ゴールデン匠賞」受賞者

〈三井ゴールデン匠賞〉
・池田 晃将[石川県/蒔絵・螺鈿]
・エゴノキプロジェクト実行委員会 ※団体として応募[岐阜県/岐阜和傘]
・彦十蒔絵 ※団体として応募[石川県/輪島の変塗]
・久恒 俊治[石川県/加賀友禅]
・別府⽵製品協同組合 ※団体として応募[大分県/別府竹細工]

〈審査員特別賞〉
・木村 正人[青森県/津軽塗]
・東中江和紙加工生産組合 ※団体として応募[富山県/越中和紙]

〈奨励賞〉
・東京水引 ※団体として応募[東京都/水引細工]
・針谷 絹代[石川県/山中漆器]

〈オーディエンス賞〉
・エゴノキプロジェクト実行委員会 ※団体として応募[岐阜県/岐阜和傘]

※敬称略

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編集部

KOGEI STANDARDの編集部。作り手、ギャラリスト、キュレーター、産地のコーディネーターなど、日本の現代工芸に関する幅広い情報網を持ち、日々、取材・編集・情報発信を行なっている。