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『工芸的美しさの行方―うつわ・包み・装飾』展覧会レポート

東京・天王洲を拠点にアート事業を展開する寺田倉庫のTERRADA ART COMPLEX Ⅱ BONDED GALLERYにて、特別展『工芸的美しさの行方―うつわ・包み・装飾』が7月16日(火)まで開催中だ。会場では、伝統的な工芸技法や素材を用いて現代アート的な自由な表現を追求する10名の作家の作品を展覧している。

展示風景

牟田陽日《山姥》

九谷焼の上絵付の技法を駆使して制作を行なっている牟田陽日さんは、大壺《山姥》《山女》など4点を出品。やきものを造形しそこに絵を描くということ、つまり、具象・色彩・平面・立体・空間全てが絡み合い、さらに「触れられる」作品を作るということは、造形を目的としない制作も多い現代アートの領域からスタートした牟田さんにとっては、非常に大きな意義のあることであった。また、自然に対する憧憬や恐怖を題材とした色絵磁器作品を発表してきたなかで、今展の新作では初めて図像に人物を取り入れた。《山姥》《山女》はそれぞれ柳田国男著『山の人生』『遠野物語』からインスピレーションを得たという。これらの図案は、作家自身が尊敬する曽我蕭白や伊藤若冲を彷彿とさせつつも、イギリスのボタニカルアートの手法で描かれた植物など西洋的な要素も見られ、芸術的にも技術的にも圧巻の表現力に感嘆するばかりである。

イギリスでの留学経験や一貫したテーマである自然観を鑑み、彼女自身のアイデンティティについて問うと、「もともとアイデンティティを固定したいとは思っていない。男性なのか女性なのか、西洋人なのか東洋人なのか。そうしたことに関係なくフラットに作品を見てほしいと思っている。東洋的であり、西洋的。その親和性と違和感を同時に楽しんでもらいたい」と語った。

牟田陽日さん

中村卓夫さん

金沢に三代続く窯元に生まれた中村卓夫さんは、本展で《器になるコトをやめたうつわ》《箱をやめたハコ》のほか、新作《「空律」装飾領域》の3点を出品。数寄者が文化をリードし、互いに研鑽し合いながら新たな解釈や時代性を作ってきた金沢で生まれ育った中村さんは、使い手がさまざまなものを器に見立て愛でてきた工芸の地域的歴史的文脈を踏まえ、「もう一度使い手を主役にしたい」との思いで作品を制作した。《器になるコトをやめたうつわ》は、初見ではアートオブジェの印象が強いが、横にしたりひっくり返したりすれば器として使用可能になっており、作家いわく「これが器であるかどうかは、作り手ではなく、使い手の問題である」。

メジャーであるがゆえに題材としては扱いづらいという琳派も、「自分にとっては必然。平面的でありながら奥行きを表現できる。日本のオリジナリティを最も表すものであり、空間との関係性が意識される。そこに空間が生まれるとき、使い手とつながることができる」と話した。琳派を基軸として器と空間の関係領域の拡張を試みる中村さんの作品は、工芸・現代アートどちらの角度から見ても面白く、その独自の解釈や切り口は確かに金沢らしさ、ひいては桃山時代の文化人のような、芸術に対する「粋」を想起させるものである。

中村卓夫《箱をやめたハコ》

本展の共同キュレーターを務める高山健太郎さんによれば、一般的に工芸は技法や素材を基点とし、現代アートはコンセプトを基にするが、近年はコンセプトに重点を置く工芸作家も増えてきており、「工芸」と「アート」の境界は次第に曖昧に、ジャンルレスになってきているという。高山さんの言葉の通り、今展ではコンセプト、つまり作家の表現したい概念やメッセージを基軸に形を作っていくという手法を取る作品は少なくなく、それは極めて現代アート的な思考方法である。

一方で、ガラスや漆といった素材、絵付けや削りといった加飾技法などの工芸の美を形作るものが、作品を構成する要素として紛れもなく重要な位置を占めている――言うなれば、工芸美が現代アート性とシームレスに融合する――そうした作品こそがクオリティの高い作品であり、逆に言えばコンセプトが甘かったり、素材や技法の意味付けに無理が生じたりすると、途端に凡庸になってしまう困難さもあるのだろうと推察された。そういう意味では、本展では今日のアート市場で一定の価値を見出されることが期待されるクオリティの高い作品が多く見受けられたのは間違いない。ここで全てを紹介できず残念だが、展覧会の企図した工芸的美しさは確かに芸術性をもって提示され、その行方にひとつの可能性を示唆してくれたと言えるだろう。

文:堤 杏子

 

◾️開催概要
日本の美術工芸を世界へ 特別展『工芸的美しさの行方―うつわ・包み・装飾』
公式ウェブサイト:https://artkogei.com/

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KOGEI STANDARD

編集部

KOGEI STANDARDの編集部。作り手、ギャラリスト、キュレーター、産地のコーディネーターなど、日本の現代工芸に関する幅広い情報網を持ち、日々、取材・編集・情報発信を行なっている。