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『柳下季器 陶展』展覧会レポート

個性豊かな作品がずらりと並ぶギャラリー空間

2023年11月18日(土)~11月26日(日)の期間、東京都中央区八丁堀のとべとべくさにて、陶芸家・柳下季器(やなした・ひでき)さんの作品展が開催された。柳下さんがこのギャラリーで個展を行なうのは6回目で、前回からはちょうど一年ぶりの展覧会である。柳下さんは東京都出身で、専門学校桑沢デザイン研究所を卒業後、信楽にて修行し、伊賀焼の里である三重県伊賀市で穴窯を築窯した。その後、杉本貞光氏の薫陶を受けて新たな境地を切り開き、現在は伊賀市で作陶を行なっている。本展では、最新作を含む約180点を展覧した。

柳下さんのやきものは、信楽焼や伊賀焼のほか、志野焼や織部焼など幅広く、酒器や花器、茶器など多彩だが、いずれも桃山時代に完成された侘び寂びの世界を体現している、という点で共通している。柳下さんは、「侘び寂びは、形や風情にあらわれる」と語る。例えるなら、藤原定家の短歌『見渡せば花も紅葉もなかりけり 浦の苫屋の秋の夕暮れ』を聞いた時に、多くの日本人が心に抱くイメージ、とのことだ。近年は、松尾芭蕉の言葉「不易流行」をテーマとし、長い歴史を持つ陶芸の技の中で変化を取り入れながら、自作の中で足りない部分を探し、常にブラッシュアップを試みているという。

 

新作も多種多様で、魅力的なやきものがずらりと並ぶ。中でも《今焼黒茶碗》は、触れると土の肌合いが手に馴染み、くすみのある黒やわずかなくびれが織りなす趣が印象深いうつわである。作品名は、楽焼を生み出したとされる長次郎の茶碗が、世に出た当時は新しいやきものとして「今焼茶碗」と呼ばれていたことに由来する。侘び寂びと不易流行を現代において捉え直した、古さと新しさが共存する逸品だ。

新作の《今焼黒茶碗》。くすみのある黒やわずかなくびれが趣深い

柳下さんは、作りたいもののイメージはあるものの、偶然に左右される陶芸の性質にも惹かれるという。陶芸の材料は天然のものなので、同じ素材を揃えたつもりでも微妙に成分が異なる。例えば、黒い茶碗の色に黒と鉄錆を使うことがあるが、時に錆色が紫色に変化する。その色味は、調合を同じにしても再現できないこともあるという。そのため数値化された配合より、自分の経験を頼るのが一番確かだそうだ。また、やきものは火で変化し、窯から出てくるまで仕上がりがわからないが、想像以上のものができることもある。陶芸の、理想に近づけるために緻密な計算が必要な要素と、偶発的な要素が混在する「歯がゆい面白さ」に魅了されるという。

品の良い織部焼。料理が更においしく感じられるだろう

柳下さんのやきものは、多様な用途で使うことが可能で、料理がきれいに見えることも特徴の一つ。例えば織部焼は厚みが抑えられており、緑のトーンや全体のフォルムが上品で、家庭料理はもちろん懐石料理に使うなど、お茶室に馴染む佇まいである。酒器も、和洋を問わず、多様な用途に対応できる形と色味だ。それぞれのうつわに何の料理を盛るのか、どの場所に置くのか、などと考えるのも楽しい。

「つくっているものは、全て思い入れがある」と語る柳下さんの作品は、一つ一つがたゆみない試行錯誤の結晶である。侘び寂びの新しい美を体現しつつ、どんな場所にも馴染み、多様な用途を受け入れ、使う人の想像力を豊かにしてくれるだろう。

 

文:中野昭子

《猿投湯呑》。素朴さと上品さが両立しており、広い用途で使えそうだ

■ 関連情報

・とべとべくさ
https://tobetobe-kusa.jp/
〒104-0032 東京都中央区八丁堀1-4-5 幸和ビル1階
TEL: 03-5830-7475
営業時間 11:00~18:00
毎週木曜定休+不定休

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KOGEI STANDARD

編集部

KOGEI STANDARDの編集部。作り手、ギャラリスト、キュレーター、産地のコーディネーターなど、日本の現代工芸に関する幅広い情報網を持ち、日々、取材・編集・情報発信を行なっている。