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『萩焼 坂倉正紘 展』展覧会レポート

東京・新宿の柿傳ギャラリーにて、2020年の初個展から約3年ぶりとなる、陶芸家・坂倉正紘さんの待望の個展が開催された。坂倉さんは山口県長門市の歴史ある窯元「坂倉新兵衛窯」の後嗣。深川萩の伝統を重んじ、素材と真摯に向き合いながら、東京藝術大学彫刻科で培った造形感覚を存分に発揮し、伝統と個性が見事に溶け合う作品を制作している、現在注目度の高い陶芸家の一人である。本展では、最新作を含む約120点を展覧した。

「前回の初個展時は、萩の伝統から少し離れ、独自のスタイルを模索していた時期でしたので、展覧会を作り上げていくにあたってとても試行錯誤したことを覚えています。今回は、そんな自分自身のスタイルがブラッシュアップされてきた中での展覧会となり、自信を持って臨めました」と坂倉さん。今回、特に人々を惹きつけたのはギャラリー奥の間で展覧されていた《花器》だ。山中にて、雨水や湧水が岩肌、木肌を静かに伝い落ちる風情に感応して制作しているというシリーズの一つで、折からの酷暑の中、透かし彫りの入った意匠の涼し気な佇まいが、立ち寄った人々にひとときのやすらぎを与えていた。

透かし彫りの入った《花器》
山中に静かに佇む古木のような、深みのある味わい
落ちる影も美しい

《於福土酒盃》
新たに見つけた土を用いて制作した

新作の茶碗や酒器にはいずれも土の豊かな表情がよく表れている。坂倉さんは、萩焼に伝統的に使われてきた土のほか、身の回りの山々で自ら採掘した土も用いて作陶を行なっている。今回は、新たに発見した土を使用した酒器も出品された。茶褐色から黒色を呈する、ゴツゴツとした光沢ある仕上がりは、「好みがはっきりと分かれる質感」なのだそうだ。土の個性を引き出すことへの情熱は、初個展時から一貫して変わらない。

花器やオブジェでは、土や釉の肌感を大事にしながらも、より造形面で印象深い作品が多い。そうは言っても、奇を衒った印象はなく、絶妙なさじ加減で構成された有機的な形状が観る者の心をくすぐる。《Piece》は、焼成後の作品を柿渋と番茶に浸すことで、経年変化の味わいを作り出しているオブジェ作品。「萩の七化け」と言われるように、茶陶の世界では広く知られる、使っていくうちに変化する景色に美を見出す価値観をオブジェにも引用した形だ。

《Piece》
経年変化の色合いと独特の造形が柔らかな趣を演出する

《掛花入》

初個展以降、食器のみの展覧会や茶器のみの展覧会など、さまざまなテーマの展覧会にチャレンジしてきた坂倉さん。各フィールドに取り組んできた道のりを顧みれば、今後もより一層自らの作品を磨き、それぞれを突き詰め発展させていきたいという思いが生まれたという。萩の若き旗手のこれからの動向から目が離せない。

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KOGEI STANDARD

編集部

KOGEI STANDARDの編集部。作り手、ギャラリスト、キュレーター、産地のコーディネーターなど、日本の現代工芸に関する幅広い情報網を持ち、日々、取材・編集・情報発信を行なっている。