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『小川郁子 切子展』展覧会レポート

2023年6月28日(水)~7月3日(月)、日本橋三越本店では4年ぶり3度目となる小川郁子さんの個展が開催された。小川さんは、江戸切子と薩摩切子がそれぞれ継承してきた特徴を大胆に融合させ、美しいガラス作品を制作している。今回の個展では、小さな帯留めや酒器から大ぶりの鉢や花入まで、全160点を展覧。過去作から新作までを同時に鑑賞できる、小川さんの創作活動の軌跡をたどる展覧会となった。

《被硝子切子花瓶「波音」》
ぼかしを入れた玉紋様に、シャープな菊繋ぎ紋様と大胆に切り込んだラインを組み合わせている
柔らかさと繊細さ、躍動感が共存する作品

《硝子切子鉢「Flowing Blue」》
切子ガラスの新境地を切り開く

昔は江戸切子の伝統紋様を入れることを強く意識していたという小川さんだが、近年の作品ではそれにとどまらない柔軟な表現が認められる。江戸切子でしばしば使う玉カット技法に色のぼかしを取り入れ、大小さまざまな玉を不規則に配置するデザインが見られる《被硝子切子花瓶「波音」》はその一例だ。水中に揺らめく泡の一瞬を切り取ったかのような瑞々しい作品である。ぼかしは薩摩切子特有の特徴で、被せガラスに鈍角の山型の刃のグラインダーで切り込みを入れ、断面に色のグラデーションを表現するもの。小川さんは、このカットに「カマボコ」という刃先が丸いグラインダーを用いることで、柔らかで詩情豊かな唯一無二のぼかし表現を実現している。会場には小川さんが実際に使用しているグラインダーも展示されていた。

「ガラスそのものの美しさを引き出したい」と語る小川さんの手技は、江戸切子と薩摩切子の垣根を超えた、切子ガラスの新たな表現の可能性を示唆している。船のような特徴的な形で一際目を引いた《硝子切子鉢「Flowing Blue」》も、こうした小川さんの創作の展望を捉えることのできる作品だ。これは、小川さんが日頃からガラス生地をオーダーしている厚木グラススタジオのガラス作家・島村信一さんの手による吹きガラスを用いたもので、極限まで無駄を削ぎ落としたごくシンプルなカットデザインが、ガラスそれ自体の美しさを一層引き立てている。

生地にさまざまな色ガラスを取り入れていることも、小川さんの作品の特徴の一つ。落ち着いた色彩の「青緑」や「藍」は生活空間との相性が良く、小川さんが好んで使用する色である。濃い青が特徴の「瑠璃」は、「金赤」とともに江戸切子の伝統色とされ、その鮮やかさにはなんともいえない高級感がある。ほかにも「金紫」「黒」「オパール」「アンバー」といった色とりどりのガラスがあり、鑑賞者の目を涼やかに楽しませてくれた。

作品の制作方法について尋ねてみると、「ガラスに直接デザインを描き、消したり描いたりを繰り返しながらバランスを見て下描きを整えていきます。カットし始めてからも、作りながらイメージがだんだんと形になっていく感じです」と教えてくれた。作品タイトルは完成後につけている。イメージが伝わりやすく、かつ野暮ったくならない言葉をつけたいが、それが意外と難しいのだと小川さんは笑う。屈託のない穏やかな人柄は、その手が生み出す作品とともに多くの人を魅了している。

文:堤 杏子

■ 関連情報

日本橋三越本店 本館6階 アートギャラリー
https://www.mistore.jp/store/nihombashi/shops/art/art.html
〒103-8001 東京都中央区日本橋室町1-4-1
TEL: 03-3241-3311
営業時間 10:00~19:00

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KOGEI STANDARD

編集部

KOGEI STANDARDの編集部。作り手、ギャラリスト、キュレーター、産地のコーディネーターなど、日本の現代工芸に関する幅広い情報網を持ち、日々、取材・編集・情報発信を行なっている。