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「日本の風土」

これまでこの連載では、工芸の魅力を伝えていくうえで大切な、日本の伝統的な美意識について紹介をしてきた。ここからは、日本の工芸の進むべき道を考えるため、国際的な社会課題や問いを踏まえながら、工芸というものの価値を捉え直していく。まずは、日本の工芸の成り立ちに深く関わっている「風土」について紹介をしたい。

日本の工芸品は、風土というものと切っても切ることができない繋がりがある。工芸品は、有田焼や輪島塗、西陣織など、その多くに地名がついていることからもわかるように、それぞれの土地に深く根ざしており、その土地の気候だけでなく、生活文化や美意識など、多くのものが色濃く映し出されている。日本にはさまざまな工芸品があるが、それは日本の風土が多様だからであり、風土を語ることなくして、工芸品の魅力を語ることはできない。

日本は海に囲まれた島国であるが、国土の約67パーセントを森林が占めており、この森林率は先進国の中ではフィンランドに次いで2番目である。国土は南北に細長く伸び、北は寒冷でありながら、南は熱帯であり、南北で気候が大きく異なる。山地が多く川が急流であることも特徴で、地方では山地に囲まれた盆地に暮らす人々も多い。また、日本では四季があることで、季節ごとにも暮らしに変化があり、それゆえ日本の風土は他国に比べ、多様で複雑であると言えよう。日本で生まれ育つと当たり前のように感じてしまうが、日本の各地にさまざまな地域文化があり、異なる郷土料理や自然の景色を楽しむことができるのは、日本の大きな魅力なのである。

風土とは何か

風土という言葉は、土地の気候や地質を意味しつつ、その土地の生活文化や風習を含んだ言葉である。つまりは、この言葉自体に人の存在が含まれている。土地以外でも、「会社の風土」という使われ方もされ、この場合は人が働く上での環境全般を意味する。それを踏まえれば、風土とは、人々が社会的な集団を形成し活動するうえで、長く影響を与える環境のことであると言え、人が自然に溶け込み、短期的に野宿をする際には、風土という言葉は該当しない。

これまで人は、世界中のさまざまな土地で暮らしてきた。それにより、食や住まい、衣服や日用の道具に至るまで、多様なものが存在している。これには国や村などの集団単位で育まれてきたものもあるが、土地ごとの個性も大きく影響を及ぼしてきた。海には海の、山には山の暮らし方があり、気候や地形などによっても、その暮らし方は異なっている。しかしながら、現代の都会の暮らしの中では、それらの土地の個性というものは感じづらくなってきている。日本だけでなく、世界のどの都市に行っても、同じようなビル群が立ち並び、生活スタイルも似たようなものとなってきている。それでもなお、物事の考え方や美意識などは、その土地の気候や景色などに大きく影響を受けているはずで、人が住む土地というものは、この先も重要であり続けるであろう。

日本の風土

風土と人との関係性は、時代や地域によって異なるとされるが、日本の風土というものは、その特有の自然観を背景に、常に人々と密接に関わってきた。風土論としては和辻哲郎の著書『風土―人間学的考察』が有名であるが、彼はこの本の中で「風土は人間の自己了解の仕方である」と説いた。例えれば、人はそのときの気候を寒いと感じるとき、その寒さの中に自己を見出しており、このように自然環境を介して自己了解するのが風土であるという。どの土地であれ、そこに住む際には、気候や環境に合わせて自身の生活を調節していく必要があるが、そうした人と自然環境との関係性こそが、風土と呼ぶものなのである。また、和辻哲郎は、世界をモンスーン型、砂漠型、牧場型の三つに分け、日本はモンスーン型に位置するとした。確かに、日本では台風の存在は大きく、これが地震とともに自然の脅威として、日本独自の無常観を形成する一つの因子となっている。また、日本では、古くから万物に神が宿っているというアニミズム的な思想があった。自然は脅威でありながら、恩恵を与えてくれるものであり、共存していくべきものという姿勢があったのである。これは、自然に常に向き合い、その個性を大切にすることであり、工芸品以外にも郷土料理や祭りなど、さまざまな地方文化に影響を与えていった。

風土というものについて、和辻とともに名が知られているのはフランスの文化地理学者であるオギュスタン・ベルクであるが、ベルクは自然と人間の共生についての研究を行ない、日本や中国でのフィールドワークを重ねながら、風土を通常の英訳である「climate」とは異なる「milieu」という言葉で表現し、新たな学問として「風土学 (mesologie)」を打ち立てた。milieuとは、フランス語で人の社会的な環境を意味し、これは風土というものが、あるがままの自然環境とは異なり、人間が暮らす中で人と自然とが互いに影響しあって変化していくものという視点に基づいており、日本人が持つ自然観に近い考え方である。

世界の風土

世界を見渡してみれば、土地から生まれた農作物について考えてみると、風土についてより理解することができる。ワインの世界では、「テロワール」という言葉がある。この言葉は「土壌」という意味を持つが、土壌以外にも、その土地の気候や気象など、ぶどう作りに必要な環境全てを表すと言われる。ワインは、フランスのボルドーやアメリカのナパ・バレーなど地名で呼ばれることも多く、風土を映し出したものとして代表的なものの一つである。なお、テロワールは、ワイン以外にもコーヒー豆や茶の栽培にも使われる言葉であり、その土地ならではの農作物の個性を伝える際に用いられる。

現代では、輸送の向上や経済のグローバル化によって、ものづくりは世界中で行なわれるようになった。人件費が安いという理由で生産地が選ばれ、そうして作られたものは、世界中にまた散らばっていく。それにより世界経済は発展し、途上国も豊かになっていくかもしれないが、行き着くところは、風土なく均質化した世界である。人にも個性はあるが、人は多様な生物の一つであって、自然というものはさらに多様で奥深い。その魅力を忘れてしまえば、本来あった世界の多様性は、急速に失われていってしまうであろう。

工芸品はその土地を知ることから始まる

工芸品とは、単なる手仕事の呼称ではなく、伝統的な美しさを持つものである。工芸品は、その土地に住む人が伝統技法を用いて作る美しい日用品であり、一時的に各地から人が工場に集まって作られるものではない。単純なことのように思うかもしれないが、その他の産業では、忙しい時期にのみ人が集まり、作業をするということは珍しくはない。工芸品は、そうでないところに奥深い魅力がある。

工芸品に興味を持ったならば、その作られた土地に目を向けてみてほしい。工芸品が作られている場所は、どのような土地であり、どのような人々が住み、どのような景色が見えるのか。その土地を訪れてみると、必ずその工芸品がどうしてこのような工芸品になったのかが腑に落ちる瞬間があるはずだ。土地に興味を持つと、その土地ならではの、人々の自然への向き合い方や愛情が見えてくる。それは、これからの時代に何より必要な視点であり、姿勢なのだ。

参考:
和辻哲郎『風土―人間学的考察』(岩波文庫)
オギュスタン・ベルク『風土の日本―自然と文化の通態』(ちくま学芸文庫)

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柴田 裕介

編集長

(株)HULSの代表兼工芸メディア「KOGEI STANDARD」の編集長、コラムニスト。東京とシンガポールを拠点に活動を行う。日本工芸の国際展開を専門とし、クリエイティブ・ビジネス面の双方における企画・プロデュースを行っている。