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「生きがい」

生きがい。この言葉は、2016年に海外で出版された『Ikigai – The Japanese Secret to a Long and Happy Life』という一冊の本をきっかけとして、今では多くの外国人が知っている日本語の一つとなった。生きがいとは、「生きる甲斐がある」という表現の略語であり、生きる喜びや活力を感じることを意味する。伝統的な美意識とは異なるものであるが、日本ならではの価値観や人生観を示す言葉の一つであるとされ、世界からも注目されている。

生きがいとは何か

日本では、生きがいという言葉は日常の中で用いられてきた。たとえば、愛する我が子のことを指し、「この子が私の生きがいです」と表現する。子育てというのは苦労もあるが、その苦労以上の幸せを得ることができ、それこそが生きがいとなるというわけだ。「甲斐(かい)」とは、「代ふ(かふ)」を原語としており、何らかの行ないの結果として得られる対価という意味がある。一時的な行ないについて、「これが生きがいだ」と言うことは少なく、長く続けることや努力し続けることが重要であり、その結果として、周りから感謝をされたり、努力が報われることこそが、生きがいと表現される。

生きがいと趣味との違い

行ないに対して何らかの対価を得るということは、他者と接する必要があり、ここに生きがいと趣味との大きな違いがある。趣味というのは、他者からの対価を求めるものではなく、自分自身で満足できるものだが、生きがいを感じるには、他者との関係の中で何らかの価値を生み出さねばならない。これは、仕事や社会活動などでは感じやすいものだが、必ずしもそうした活動である必要はなく、最初は趣味で描き始めた絵が、少しずつだが友人や周りの人々に知れ渡り、いつしか新しい絵を待ち望んでもらえるようになったということでもいいだろう。重要なのは、その行為が誰かに対して何らかの価値を生み出すことであり、こうした「行ないの価値」というものに、生きがいというものの本質がある。

長く続けること

『Ikigai – The Japanese Secret to a Long and Happy Life』の本の中では、沖縄に住む人々の長寿について考察がされており、長寿の秘訣は集団の中での関わりや腹八分の食事などが重要だとされている。腹八分というのは健康に良いのはもちろんだが、一度の食事に満足感を得すぎることなく、適度な食事を続けることにこそ、大きな意味があり、ここでもまた「続ける」ということの重要性が浮かび上がってくる。

老年期になると、仕事や子育てを終え、生きがいを無くしてしまうことが多いと言われてきた。特に、これまでの日本では終身雇用が一般的であり、一つの会社に長く勤めることで、仕事を生きがいとしやすい面があったが、その反面、定年退職後に、情熱を傾けられるものを見つけられずに、途方に暮れてしまう人が少なくなかったとされる。今では、若い世代であっても生きがいを見出しにくくなっていると言われているが、これは、価値観が多様化し、生活が豊かになるにつれ、一つのことに時間をかけて取り組むことが少なくなったという社会的背景もある。そうした点においては、物事を長く続けることで感じられてきた生きがいの中身そのものも少しずつ変化をしてきているのかもしれない。

芸術と生きがい

絵画や彫刻、音楽や演劇など、あらゆる芸術家にとって、芸術品を生み出す行為は、誰かに鑑賞されることで、まさに生きがいとなる。努力なしに作品を生み出すことはありえず、さまざまな苦労の末に芸術というのは生まれ、その作品が他者に触れれば、そこに必ずや価値が生まれる。

蒐集家にとっても、集めることが生きがいとなっていることは多い。コレクションとは、ただ無作為に物をかき集めることではなく、自らの哲学や美意識によって、何らかのストーリーを作り上げることである。集めること自体は誰かのために行なうものではなく、ただの趣味ではないかと思うかもしれないが、コレクションというのは、ストーリーがあることを意味し、ひとたび他者に触れれば、何らかの価値を生み出しうるものだ。現に、コレクターというのは、美術館に作品を貸し出したり、寄贈したりすることで、社会貢献をしている面がある。また、コレクションのストーリーとは、一瞬にして出来上がるものではなく、時間をかけ、手間暇をかけて作られていくものであり、その行為は大いに生きがいを感じうるものなのだ。

芸術品に限らず、誰かのために物を作るという行為は、生きがいを感じやすい。生きがいを見つけられずに、途方に暮れている場合には、まずは何かを作ってみることだ。手編みのセーターでも手料理でもいい。そして、それを誰かのために行ない、続けてみる。最初はうまくいかないかもしれないが、少しずつ喜んでもらうことが増え、もっと喜んでほしいと、前向きに努力ができるようになる。誰かのためにと思う気持ちと生きがいには、密接な関係がある。そこに気づくことができれば、生きがいはすぐそばにまで来ている。

工芸と生きがい

工芸品も、職人の長年の修行の成果によって、より美しく、洗練されたものになっていくものであり、そうして出来上がったものは、日常で使われることによって、生きがいを感じられる仕事となる。日本人は、国の長い歴史の中で、多くの自然災害や困難を経験するたび、それを乗り越えてきた。そのため、長寿企業が多いなど、長期的な視点に立ち、時間をかけて物事に取り組むことが得意とされている。そうした背景が、生きがいという、独自の人生観を作り上げてきた。手間暇をかけて生み出すものづくりには、生きがいがある。そんな視点で、工芸品を眺めてみてもらいたい。きっと、手仕事の奥深さを、感じられるはずだ。

参考:Garcia, Hector, and Francesc Miralles. Ikigai: The Japanese Secret to a Long and Happy Life. (Penguin Life)

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柴田 裕介

編集長

(株)HULSの代表兼工芸メディア「KOGEI STANDARD」の編集長、コラムニスト。東京とシンガポールを拠点に活動を行う。日本工芸の国際展開を専門とし、クリエイティブ・ビジネス面の双方における企画・プロデュースを行っている。