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「縁」

日本には「縁」という言葉があり、これは人と人との関係だけでなく、物事の繋がりにも使われる言葉で、とても東洋的な考え方の一つである。

縁とは、仏教の言葉である「縁起(えんぎ)」に由来する。縁起とは、「因縁生起」の略であり、あらゆる物事には起因があり、繋がりがあるとする考え方だ。日本人はもともと、集落での暮らしを尊重し、個よりも集団を大切にしてきた。人々は互いに関係し合い、支え合って暮らしているものであり、夫婦であれ友人であれ、縁で繋がっていると考える。血の繋がりを意味する「血縁」や住む土地の縁を指す「地縁」という言葉の存在からも、これまで日本人がどのように「縁」を感じながら過ごしてきたかが汲みとれる。現代では、日本の住まいも大きく変わり、個室が作られ、個が切り離されるようにもなったが、それでも「ご縁を大切に」という言葉は今でも日常的に使われており、日本文化を理解する上では、知っておきたい言葉である。

縁と運命との違い

縁は物事の繋がりにも用いられ、別の力で引き寄せられたかのような物事に出会うと、「この物事には縁を感じる」と表現をすることがある。特別な物事との出会いは「運命」という言葉で表現をすることもあるが、日本社会では「運命」よりも、「縁」という言葉を使うことが多い。運命とは、物事を事前に定められたものとして受け入れることであり、西洋文化にもその概念は存在するが、縁というのは、人や物事の繋がりそのものを意味し、個人主義の強い西洋社会の中では、説明することが難しい概念の一つである。

人は、生まれてくるときには場所や環境を選ぶことはできないと言われるが、はたして、その後の人生の全ては自分自身で選ぶことができているだろうか。人生で出会う人の数は限られていて、運命だと思って出会った人も、時期や場所が異なれば、出会うことすらなかったであろう。人生は、自分で道を切り開いているようで、さまざまな縁の連続によって成り立っている。そう考えれば、今、周りにいる人たちや今の自分がいる環境も何らかの縁があって存在するものなのだと、大切にしようと考えることができる。それこそが、「縁を重んじる」ということであり、日本社会の中で育まれてきた、重要な人生観なのである。

縁を感じ、美意識を育てる

縁を重んじるということは、「連なり」を意識するということだ。目の前の人の、そのまた先の人を想像することで、日々の直接的な出来事だけでなく、物事の文脈や背景への関心も高まっていく。美術の世界では、社会や歴史上の「文脈」というものが重要視され、その絵が美しいかどうかだけではなく、社会や歴史の中で、その絵がどのような意味を持つかが重要だとされる。これは、美術だけでなく、工芸においても今後重要な考え方になる。工芸というのは日常の道具であり、これまでは文脈を論じる必要性はなかったが、工芸品以外にも便利で快適な道具が増え、物質的には豊かな社会が実現していく中においては、これからの工芸の役割をもう一歩深く掘り下げて考えていかねばならない。そのためには、ものづくりの背景というものがより重要になるだろう。美術史的な文脈だけでなく、工芸品の背景に広がる各地の風土や伝統に視点を合わせることが、これからの工芸の楽しみ方に他ならない。

これまでは縁を大切にしてきた日本社会だったが、現代の日本は、他人や周りの物事に無関心な時代になったと言われる。確かに、集団との繋がりを尊重してきた結果として、個が疲弊してしまった部分もあり、今の日本社会はどこへ向かうべきか方向性を見失っている。しかし、目の前にいる人や周りの物事に関心を持ち、何らかの繋がりを想像することは、視野を広げ、多様性に触れることを意味する。今の時代の工芸品は、その背景に地域の風土や歴史を感じられることにこそ特別な価値があり、面白さがある。まずは、手に取った物の背景に興味を持ち、一歩だけ前に踏み出してみる。そこに縁を感じられれば、あらゆる工芸品は、その人の美意識をどこまでも高めてくれるであろう。

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柴田 裕介

編集長

(株)HULSの代表兼工芸メディア「KOGEI STANDARD」の編集長、コラムニスト。東京とシンガポールを拠点に活動を行う。日本工芸の国際展開を専門とし、クリエイティブ・ビジネス面の双方における企画・プロデュースを行っている。