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茶碗の表情をつくるもの

温かみがあり素朴である。涼しげで繊細である。亭主が一碗の茶を点て、客が喫するという目的は一つであっても、茶碗の表情はさまざまである。だからこそ、亭主が茶碗に季節感や思いを託し、客がそれを感じ取ることで心を通わせ得るのである。

この章では茶碗の個性を形作る要素に触れながら、茶碗の楽しみ方を紹介していく。

作り手による美

茶碗を目にしたとき、その印象に大きな影響を及ぼすのが器の形である。茶碗を正面から見たとき、丁度半分ほどの高さの部分を胴、その下を腰という。胴よりも腰が小さい天目茶碗には端正な印象、胴と腰の幅が同じ楽茶碗には重厚感のある印象を抱かせるものが多い。楽茶碗はろくろを用いず手捏ね(てづくね)で作られるため、厚みや丸みを感じさせ、まるで両掌で包み込めるような手なじみの良い形となる。胴の部分がくびれた胴締(どうじめ)、腰の部分に今にも開こうとする花弁のような装飾を施した腰捻(こしねじ)といった形状では、柔らかな曲線も茶碗の印象を変化させる。

茶碗の縁である口造りも、器の形に影響を与える要素の一つである。茶碗の内側に入り込んだ寄せ口、外に出た端反口のほか、ゆるやかな曲線を見せる山道や、注ぎ口のようなおしゃべり口などがあり、好みの口造りを探してみるのも楽しみの一つになるだろう。客が唇で触れる部分であり、飲みやすさも重視される見どころである。

茶碗の最も下側、畳に接して茶碗を支える部分は高台と呼ばれる。大きく背が高い高台を持つ馬上杯のような例もあるが、大抵は小さく、鑑賞が難しい部分であると言える。だからこそ、茶碗を手に取った際には裏側にもぜひ注目したい。普段は茶碗を扱う際に指で少し触れる程度であるが、作り手の思いが垣間見える興味深い部分である。切り込みを入れたり、筆で文様を描いたりとさまざまな計らいが見られ、中心に小さな角が立ったような兜巾(ときん)、高台そのものが桜花の形をした桜なども美しい。茶碗を手に取ったら、見えない部分に秘められた作者の遊び心にも触れてみてはいかがだろうか。

自然による美

染付などの茶碗は、滑らかな手触りや繊細な文様が優美な印象を作り出す。作り手が思いと技を込めて生み出す美しさである。これに対し釉薬が作り出す景色や窯変などは、作り手の計らいを超えた、自然が作り出す美しさであるといえる。

茶碗を上から見たとき、中心の最もくぼんだ部分は茶溜り、その周囲は見込みと呼ばれる。茶碗に流しかけた釉薬が見込みに流れ込み、動きのある生き生きとした景色が見られるものがある。釉薬と素地の収縮率の違いが生み出すひび割れである貫入が、器の表面で光を受けて輝いていることもあるだろう。高台の周りなどでは、釉薬が縮れて粒のようになる梅花皮が見られるものもある。刀剣の鞘や柄に巻かれた鮫の皮に由来する呼び名であり、ざらざらとした手触りを生み出す。

釉薬をかけない焼締の茶碗では、窯の中で灰が器に降りかかり、それが溶けて釉薬のように器の表面を彩る窯変が見られるものもある。灰のかかり方や窯の中で置かれた場所、炎の当たり方が組み合わさることにより、作り手の意図を超えた力強い景色を茶碗の内外に作り出すのである。

作り手の手を離れてからも、貫入に茶や水分が染み込むことによる経年変化で、茶碗はその表情を変えていく。作り手の計らいや意図せぬ自然の力が作り出した質感に、器として用いられる回数が美しさとして重なっていくのである。

文:時盛 郁子

参考:

・『茶道具ハンドブック』(淡交社)

・河野惠美子監修『ゼロから分かる!やきもの入門』(世界文化社)

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KOGEI STANDARD

編集部

KOGEI STANDARDの編集部。作り手、ギャラリスト、キュレーター、産地のコーディネーターなど、日本の現代工芸に関する幅広い情報網を持ち、日々、取材・編集・情報発信を行なっている。