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一服を託す器として

茶筅を動かす音が止まり、亭主の手によって一服が目の前に置かれる。柔らかく立ち上る湯気、鼻をかすめる抹茶の香り。一服をいただく前の静穏な一瞬、亭主と客の間にはいつも茶碗がある。

茶の湯を大成した千利休は、その心得として「和敬清寂」を説いた。亭主と客が互いに心を通わせ、道具や茶花を含めたすべてのものを敬う。心を清らかにし、どんなことにも動じない穏やかさをもつ。三千家と呼ばれる表千家、裏千家、武者小路千家など、茶道にはさまざまな流派があるが、亭主はこの心をもって、道具をそろえ、花を生け、茶室を整える。その中で、亭主が点てた一服の茶を客が喫する道具である茶碗は、茶道具の中でも重要な位置を占めると言えるだろう。この連載では、歴史やつくりを中心に茶碗の見どころを紹介する。まずは代表的な三つの茶碗の分類とその流行について触れておきたい。

唐物茶碗

唐物茶碗は、主に中国で喫茶のために作られた茶碗である。日本には12世紀末頃に宋風喫茶文化の伝来に伴い渡来したとされ、わび茶(※1)が生まれる前の書院茶(※2)の時代に特に好まれた。代表的な茶碗の種類には魅惑的な輝きの「曜変天目」で知られる天目や、清涼な色味が特徴的な白磁や青磁などが挙げられる。

当初は寺院での法会などで用いられていた茶が、武家層、富裕層、町衆へと広がっていく中で、格の高さにはよらず唐物茶碗を評価する風潮も生まれた。しかし、前述の天目は変わらず高く評価され続けた茶碗である。江戸時代になると鮮やかな顔料で茶碗に文様を描いた染付や赤絵も登場し、多様性はますます広がっていった。端正な形や厚み、艶が美しいものが多く、今日の日本のやきものにも強く影響を与えている茶碗である。

《禾目天目》
制作地:中国・建窯、時代世紀:南宋時代 12~13世紀、東京国立博物館蔵

《大井戸茶碗 銘 有楽》
制作地:朝鮮、時代世紀:朝鮮時代 16世紀、東京国立博物館蔵

高麗茶碗

唐物茶碗が最も好まれた喫茶の世界は、15世紀後半頃、高麗茶碗の登場によって転換期を迎える。高麗茶碗は朝鮮半島の民窯で焼かれた碗形の陶磁器を指し、その多くは14世紀以降、李氏朝鮮時代に作られたものである。喫茶のために作られていた唐物茶碗とは異なり、食器などの日常の器が美しさを見出され、日本で茶碗として用いられたことが最大の特徴である。天下随一の茶碗と名高い「喜左衛門井戸」も、名もなき民窯で作られた茶碗に茶人たちが美しさを見出し、名器となった。

おおらかで素朴。高麗茶碗には、生活の器ならではの健やかな美しさがある。禅の精神を取り入れ、簡素な茶室で行うわび茶が流行したことも高麗茶碗の評価を後押しした。時代が進むにつれ、茶人が注文して作られた茶碗も登場した。雲鶴や井戸、粉引、三島、御所丸、御本など、技法や茶碗の文様などにより種類が細かく分かれていることも特徴の一つである。

和物茶碗

16世紀後半になると、日本国内でも茶の湯のための独自色の強い茶碗が生み出され始める。初期に栄えた窯業地として挙げられるのが、瀬戸(愛知県)や美濃(岐阜県)である。特に美濃の作風は、さまざまな色や文様で彩られ、左右非対称なものも多く、これまでの茶碗とは一線を画すものであった。他の窯業地にも大きな影響を与え、国内での茶碗の多様性はますます豊かになっていった。この様子については、第3章で触れていきたい。

同時期に京都では楽茶碗が焼かれ、千利休の思想を映した茶碗として高い評価を得ていた。茶人たちは長く高麗茶碗の美しさに魅了され「茶碗は高麗」とも言ったが、この頃には高麗茶碗と和物茶碗が人気を二分していたようである。

茶碗の個性は、産地や歴史に裏打ちされている。美しさの背景を知ることは、一碗の茶をより豊かに味わわせてくれるだろう。

《志野茶碗 銘 振袖》
制作地:日本・美濃、時代世紀:安土桃山~江戸時代 16~17世紀、東京国立博物館蔵

※1. 16世紀頃に確立された、禅の思想を取り入れた茶の湯の形式。小さく簡素な茶室で茶会を行なうなど、質素な空間の中で心を込めて客をもてなすことを重視した。

※2. 15世紀頃の新たな建築様式である書院造の出現に伴い発展した茶の湯の形式。棚や床に唐物の器や絵画を飾り、華やかさや豪華さが評価される風潮にあった。

文:時盛 郁子

 

参考:

・『茶道具ハンドブック』(淡交社)

・柳宗悦『茶と美』(講談社)

・『茶の湯の茶碗第一巻 唐物茶碗』(淡交社)

・『茶の湯の茶碗第二巻 高麗茶碗』(淡交社)

・『茶の湯の茶碗第三巻 和物茶碗』(淡交社)

・裏千家ホームページ
https://www.urasenke.or.jp/

・日本大学大学院総合社会情報研究科紀要 安田保「茶の湯にみる調和の精神」
https://gssc.dld.nihon-u.ac.jp/wp-content/uploads/journal/pdf04/4-316-323-Yasuda.pdf

 

出典:

・国立文化財機構所蔵品統合検索システム
https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/TG-2496?locale=ja
https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/TG-2204?locale=ja
https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/G-5749?locale=ja

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編集部

KOGEI STANDARDの編集部。作り手、ギャラリスト、キュレーター、産地のコーディネーターなど、日本の現代工芸に関する幅広い情報網を持ち、日々、取材・編集・情報発信を行なっている。